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思考のエレメント・改

この記事は思考のエレメント@神秘の解法を改めたものです。

リンク先の内容を簡単にまとめておきます。

 

思考は6つの要素に分類できる。

その6つは、

知覚→記憶→推論→...という3つの形式的作業と

理解→文脈→特定→...という3つの意味的作業という

2つの側面に分けられる。

 

さて、リンク先の記事での話は、

魔法の三すくみと対応関係を作るために無理して考えていたような気がします。

 

そこでこれらの「思考の中身」についてより詳しく考え、

それを踏まえて改めて、思考のエレメントは何だったのか調べます。

 

「思考の中身を考える」とはどういうことかというと、

思考が持っている構造を何かモデル化して、

そのモデルのパラメータによって、様々な思考を分類するということです。

とは言っても、思考はよくわからないので、ざっくりとした話です。

 

今回は思考というものは、なんらかの写像(関数)のようなものだと考えます。

つまり、ドメイン(定義域)と呼ぶべき空間と、コドメイン(値域)と呼ぶべき空間があり、

思考対象と思考結果を結びつける関係によって、

ドメインがコドメインへと変形するような作用を思考としてイメージします。

 

 

1.知覚

知覚は、自分の周りの世界の状態を、

感覚や感情といった表象の集まりとして表現することで、

世界を認識する機能です。

 

知覚は局所的な世界を受け取り、それに応じて、

まとまりのある(あるいはまとまりのない)世界としての表象を返します。

 

 

「局所的な世界」の意味は、物理的な世界であったり、

イメージが存在している心の中だったりします。

自分が、あるときに意識しうる世界のことです。

 

表象の意味は、イメージが存在している心の中の世界を意味します。

表象は、記憶を組み合わせて作られた空間で、

表象の中の存在は記憶によって区別され、認識されます。

 

知覚は、それ自体では全てが混然一体とした色・形でしかありませんが、

記憶によってイメージが分解・分析されることで、

具体化された地上のオブジェクトのまとまりとして認識されます。

 

知覚は、自分の周りの世界を、心に写し取った世界に対応付ける機能のことです。

 

 

対応:局所的な世界 A ⟼ A の表象

ドメイン:局所的な世界の集まり

コドメイン:記憶を媒体とした表象の集まり

 

 

2.再生

再生は、ある存在に対して、

それがどのような形式を持っていたのかを思い出す機能です。

 

存在は、様々な空間にまたがって存在しています。

存在の物質的な姿、名前としての姿、価値や役割や機能としての姿など、

様々な側面から、存在が表現されます。

 

再生は、存在が表現されている媒体を切り替える機能を持ちます。

存在の媒体を言葉に切り替えれば、その存在について話したり書いたりできます。

存在の媒体を視覚に切り替えれば、その存在について心の中で見て、イメージすることができます。

 

存在を、操作可能な媒体の上に表現することで、

私たちは存在を操作することができるようになります。

媒体とは、表象の一つです。

言葉についての記憶で構造化された表象が、言葉の媒体であり、

視覚についての記憶で構造化された表象が、視覚の媒体です。

 

再生は、ある存在の形式を、別の媒体における同じ存在を意味する形式に、対応付ける機能のことです。

 

 

対応:媒体 X における存在 a の形式 ⟼ 媒体 Y における a の形式

ドメイン:記憶を媒体とした表象 X

コドメイン:記憶を媒体とした表象 Y

 

 

3.推論

推論は、操作可能な媒体の上に置かれた存在に対して、

その媒体で許されているルール・可能なルールを組み合わせて、

存在を変化させる機能です。

 

何かを操作できることは、自己認識がそこに宿ることでもあります。

つまり、操作可能な媒体による表象は、自分が存在している世界だと感じます。

それゆえ、推論という操作の舞台は局所的な世界です。

 

推論は、操作対象にルールを適用して操作結果を得る機能です。

 

 

対応:操作対象 a ⟼ 操作結果 b

ドメイン:局所的な世界 A

コドメイン:局所的な世界 B

 

 

4.理解

理解は、存在がどのように運動し、変化していくのかという、

存在についてのルール・文脈を、自分の心の中にもっていること、

存在を十分に映し出すことのできる表象をもっていることを意味します。

 

もちろん、他者の心を決めるのは自分ではないので、

他者についての理解はほとんど幻想です。

しかし例えば、両者ともに混沌として

ルールから解放された状態になると、結果として、

互いに対する整合的な理解を共有できるでしょう。

 

理解は、対象をルール・文脈で構造化した表象として認識する機能です。

そのルール・文脈は、何らかの物理的指標かもしれないし、

ただの偏見かもしれないし、

観察を通して生まれた新しい文脈かもしれません。

いずれにせよ、理解という機能はルールを作り出すのではなく、

ルールを通して存在を映し出す機能だということです。

 

 

対応:理解対象 A  ⟼ 文脈を媒体とする A の表象

ドメイン:局所的な世界の集まり

コドメイン:文脈を媒体とした表象の集まり

 

 

 

 

 

5.統合

統合は、存在が複数の媒体の表象に映し出されたとき、媒体間での差異を認識する機能です。

差異を認識するには、媒体間の翻訳が行われ、

同じ媒体に存在を映し、統合した状態で比較することになります。

 

例えば存在について、こうあるべきという理想的な姿としての表象と、

観察した世界における姿としての表象という、二つの表象が与えられたとき、

理想と観察の両方を、一つの表象のなかに「統合」して映し直して、

その中で差異を認識することが統合です。

 

また、比較した結果、差異が無かったことを認識することも、統合です。

そのほか、感情といった現象は、

意図せずに起こる統合の身近な例です。

 

統合は、一つの存在の異なる側面を一つの表象の中に「統合」するだけでなく、

異なる存在を、同じ文脈の中に並列させることで、

一つの表象に「統合」し、比較する機能としてもはたらきます。

例えば、生き物を大きさ(というルール)で比較することができるように、

何らかのルールを媒体とした表象に存在を映し出すと、異なる存在を比較できます。

 

 

対応:統合対象 (a, b) ⟼ ある文脈を通した理解 c による差 c(a) - c(b) 

ドメイン:局所的な世界 × 局所的な世界

コドメイン:文脈を媒体とした表象の集まり

 

 

6.意思

意思は、信念に沿ってルールを作り、存在に文脈を入れる機能です。

 

存在に適用する新しいルールが、すでに導入されていたルールと矛盾する可能性もあります。

存在に関する古い表象と、新しい表象にズレがあるとき、

どちらかを捨てることも、意思の一つです。

 

意思は、存在がどのような文脈を持っているかを選択するということであり、

これは存在に対する理解の仕方を変更するということです。

 

 

対応:存在 A と A に対する理解の組 (A, c(A)) ⟼ 存在 A と A に対する更新された理解の組 (A, d(A))

ドメイン:局所的な世界の集まり × 文脈を媒体とした表象の集まり

コドメイン:局所的な世界の集まり × 文脈を媒体とした表象の集まり

 

(上のドメイン、コドメインはあまり適切な書き方ではないですが、十分だと思います。

これをそれぞれ理解 c, d で割って0になる剰余類だと言って、伝わる人はそう思ってください)

 

 

 

 

ここまでの理解を踏まえて、構造をもう少し形式化して整理しなおします。

 

 

存在は記憶によってタグ付けられ、文脈によって存在の振る舞い方が決まり、存在の空間が張られます。

局所的な世界は、存在が作り出す空間のことです。

存在と、形式(記憶)、意味(文脈)の三つの組を存在空間(=局所的な世界)

と呼ぶことにします。

存在空間に対する、視覚的な知覚の像や、ある文脈の中での理解など、

存在の様々な側面のことを表象と呼ぶことにします。

記憶によって存在空間を表現した表象を記憶表象

文脈によって存在空間を表現した表象を文脈表象と呼ぶことにします。

 

 

<記号>

 A = (A, R(A), C(A)) を存在空間(= 存在 A の局所的な世界)とする。

 R(A) はAに関する記憶表象全体、C(A) はAに関する文脈表象全体を指します。

 R と C 自体は、A に関係なく決まり、可能な表象全てだと考えます。

また、可能な存在の全体を Ω と書くことにします。

R = R(Ω), C = C(Ω) です。

 

思考の分類

 

知覚 r

型:存在空間の集まり(= Ω) → 記憶表象の集まり(= R)

対応:A ⟼ r(A) 

 

例えば視覚的な知覚を与える思考は、

視覚という媒体で存在を表現する思考です。

知覚は記憶表象を与える思考であり、

知覚はそれ自体が記憶媒体(五感など)であると考えます。

知覚の結果 r(A) は、r という記憶媒体で表現されたAの表象だと考えます。

 

理解 c

型:存在空間の集まり(= Ω) → 文脈表象の集まり(= C)

対応:A ⟼ c(A) 

 

知覚と同様に、理解はそれ自体が文脈媒体(概念による評価や、行動の指針)であると考えます。

理解の結果 c(A) は、c という文脈媒体で表現されたAの表象だと考えます。

 

存在空間 A の要素 a = (a, R(a), C(a))  を存在と呼びます。

ただし、存在空間は媒体によって分解されることで

中身が切り分けられ、要素を取り出せるため、生のままの a を私たちは認識できません。

知覚 r や理解 c を通した r(a), c(a) といった姿で a を存在空間 A から切り分けることができたとき、

私たちはそれが存在 a = (a, r(a), c(a)) だと認識できます。

 

また、存在空間の要素 a = (a, R(a), C(a)) それ自体が再び存在空間になると考えます。

これは、思考について思考することができるという、

思考の再帰性を、存在についても適用するということです。

存在 A に関する局所的な世界 A = (A, R(A), C(A)) に含まれる

存在 a に関しても、局所的な世界 a = (a, R(a), C(a)) を考えることができるということです。

 

 

<記号>

記憶媒体 r による存在空間 A の表象を r(A) = (A, r(A), C(A))

文脈媒体 c による存在空間 A の表象を c(A) = (A, R(A), c(A))

と書きます。

それぞれ、r によるAの知覚、c によるAの理解でもあります。

 A の要素 a に対しても、a が存在空間であるので、同じように

 r(a) = (a, r(a), C(a)) ,

 c(a) = (a, R(a), c(a)) 

を意味して書くことにします。

 

再生 

 A を存在空間、r1, r2 を記憶媒体とする。

型:r1(A) → r2(A)

対応:r1(a) ⟼ r2(a)

 

ある存在 a の姿を別の側面から見るとどうなるか・別の側面と対応づける思考が再生です。

 

 

統合 

 A, B を存在空間、c を文脈媒体とする。

型:A × B → c(A × B)

対応:(a, b) ⟼ c(a) - c(b) = ((a, b), R(a, b), c(a) - c(b))

 

複数、あるいは同一の存在 a, b を同じ文脈の中にまとめて表現する思考が統合です。

 c(a) - c(b)という差が、何を意味するかは、

文脈媒体 c が作る表象 c(A × B)の構造によって変わると考えます。

存在の身長差かもしれないし、理想と現実のギャップかもしれません。

 

 

推論 

推論は、存在を変化させる・運動させる思考、

つまり、存在にルールを適用して変化させるということです。

存在を文脈媒体で表現した結果により得られる表象が、

存在の変化を誘導しています。

 

そこで、文脈媒体 c による存在 a の理解 c(a) を通して、

存在 a を存在 b に変化させる思考を推論と呼びます。

 

存在を理解すると、例えば存在に可能な運動の集まりが得られるので、

文脈 c の中で a に可能な運動の集まり c(a) の要素として、

運動 d ∈ c(a) を存在 a に適用した結果 b = d(a) が推論の結果の例になります。

 

存在を運動・操作すると、その結果を知覚として受け取って確認できます。

そのため、推論の結果 b = d(a)は、何らかの記憶媒体 r を通して、

 r(b) = r(d(a)) として私たちに認識されます。

 

 

 A, B を存在空間、c を文脈媒体、r を記憶媒体とする。

型:A → r(B)

対応:a = (a, R(a), c(a))  ⟼ r(b) = (d(a), r(d(a)), c(d(a)))  (ただし d ∈ c(a) )

 

推論は、表象を操作するというよりも

存在を操作するという側面に注目して考えているため、

対応関係の左辺の式は c(a) = (a, R(a), c(a)) ではなく、

 a = (a, R(a), c(a))として表記しています。

しかし、操作を終えるには、ちゃんと操作できたかを認識する必要があるため、

右辺では r(b) という知覚としての表現を与えています。

 

 

意思 

 A を存在空間、c1, c2 を文脈媒体とする。

型:c1(A) → c2(A) 

対応:c1(a) ⟼ c2(a)

 

存在 a を文脈媒体 c1 によって理解しているときに、

 a の理解の仕方を文脈媒体 c2 に変化させる思考を意思と呼びます。

意思がどのように実現されるかは、その人の信念によって変わります。

 

存在は記憶の実現であり、

推論は文脈の実現であり、

意思は信念の実現です。

 

自分に対して適用する文脈を変えることで、自分の行動が変わったり、

他者に対しての理解が変わることで、自分が相手にどう行動するかが変わります。

こうした理解の変化、あるいは変化しないようにすることも含めて、意思と呼びます。

 

 

 

 

まとめ

召喚的思考:存在を何らかの媒体に呼び出す

知覚:Ω → R 

理解:Ω → C 

 

反射的思考:存在を何らかの媒体に反射させる

再生:r1(A) → r2(A)

統合:A × B → c(A × B)

 

回復的思考:存在を別の存在へと回復する

推論:A → r(B)

意思:c1(A) → c2(A)